中小企業向けエネルギーマネジメントシステム(EMS)導入ガイド:ITで加速する脱炭素経営
はじめに:省エネの次の一手としてのEMS
中小企業における脱炭素経営は、コスト削減やブランドイメージ向上だけでなく、取引先からの要請に応えたり、新たなビジネス機会を創出したりするためにも重要性を増しています。基本的な省エネ対策や再生可能エネルギーの導入検討など、既に一歩踏み出している企業も多いことでしょう。
しかし、「次に何をすべきか」「どのように継続的に効果を最大化するか」「サプライチェーン全体での排出量削減にどう貢献するか」といった、より進んだ課題に直面している担当者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
本記事では、そうした段階にある中小企業が、ITの力を活用して脱炭素経営を次のレベルに進めるための有効な手段として、「エネルギーマネジメントシステム(EMS)」に焦点を当てて解説します。
エネルギーマネジメントシステム(EMS)とは
EMSとは、エネルギーの使用状況を計測・「見える化」し、データを分析して制御を行うシステムです。具体的には、電力、ガス、熱などのエネルギー消費量をリアルタイムで把握し、無駄を特定したり、設備を最適に制御したりすることで、省エネルギーとコスト削減を実現します。
EMSは、オフィスビル向けのBEMS(ビルディング・エネルギー・マネジメントシステム)、工場向けのFEMS(ファクトリー・エネルギー・マネジメントシステム)、家庭向けのHEMS(ホーム・エネルギー・マネジメントシステム)など、対象によって様々な種類があります。中小企業の場合は、事業所の形態に応じてBEMSやFEMS、あるいは特定の用途に特化したシステムが選択肢となります。
ITシステムとしての側面が強く、センサー技術、データ収集・分析技術、通信技術、クラウドコンピューティングなどが組み合わされています。これにより、エネルギー使用に関する様々なデータを収集し、分析結果に基づいて自動的な制御や、効果的な運用改善策の立案を支援します。
中小企業がEMSを導入するメリット
EMSの導入は、単なる省エネ・コスト削減に留まらない多様なメリットを中小企業にもたらします。
1. エネルギー使用量の「見える化」と無駄の特定
時間帯別、設備別、フロア別など、詳細なエネルギー使用状況をリアルタイムで把握できます。これにより、これまで気づきにくかったエネルギーの無駄や、非効率な運転を行っている設備などを特定しやすくなります。
2. データに基づいた効果的な省エネ対策
収集・分析されたデータは、客観的な根拠に基づいた省エネ対策の検討に役立ちます。「どの時間帯に」「どの設備で」エネルギーが多く使われているかが分かれば、重点的に対策を講じるべきポイントが明確になります。
3. 設備の最適制御による効率向上
空調や照明などの設備を、実際のエネルギー需要や室温などの情報に基づいて自動的に制御することができます。これにより、快適性を損なわずにエネルギー消費を最小限に抑えることが可能です。
4. CO2排出量の算定・報告への活用
エネルギー使用量のデータを基に、自社の直接的なCO2排出量(Scope 1、Scope 2)をより正確に算定できます。これは、脱炭素目標の進捗管理や、取引先からの報告要請への対応において非常に有用です。将来的には、サプライチェーン全体の排出量算定にも貢献できる可能性があります。
5. 継続的な改善活動の推進
EMSは一時的な対策ではなく、継続的にエネルギー使用状況をモニタリングし、改善活動をPDCAサイクルで回していくことを支援します。目標設定、効果測定、次の対策検討といった一連の流れをシステムがサポートします。
6. 経営戦略としての脱炭素経営の強化
エネルギーデータを経営情報の一部として扱うことで、脱炭素経営を単なる環境対策ではなく、コスト管理やリスク管理、さらには企業価値向上に資する経営戦略として位置づけることが可能になります。
中小企業におけるEMS導入のステップ
EMSの導入は、計画的に進めることが重要です。中小企業が無理なく導入を進めるための一般的なステップをご紹介します。
ステップ1:目的と現状の把握
なぜEMSを導入するのか、具体的な目的(例:電力コスト〇%削減、特定の設備の無駄削減、CO2排出量データの正確な取得など)を明確にします。現在のエネルギー使用状況、既存設備の状況、ITインフラ(ネットワーク環境など)を確認します。
ステップ2:システムの選定
自社の目的と規模、予算に合ったEMSシステムを選びます。提供形態(クラウド型かオンプレミス型か)、必要な機能(見える化、制御、予測、レポート機能など)、導入コスト、運用コスト、サポート体制などを比較検討します。中小企業向けに提供されている、比較的安価で導入しやすいクラウド型システムなども選択肢に入ります。
ステップ3:導入計画と工事
システムの決定後、具体的な導入スケジュールや工事計画を立てます。EMSは既存の電力メーターや各種設備にセンサーや計測機器を取り付ける工事が必要となる場合があります。専門業者と連携して、業務への影響を最小限に抑える計画を立てることが重要です。
ステップ4:システムの運用とデータの活用
システムが稼働したら、まずはエネルギー使用状況の「見える化」から始めます。収集されるデータを定期的に確認し、無駄な箇所の特定や、設定した目標に対する進捗を確認します。必要に応じて、設備の運転方法の見直しや、システムによる自動制御の設定を行います。
ステップ5:効果測定と継続的な改善
導入前後のエネルギー使用量を比較し、EMS導入による効果を測定します。削減目標の達成度を確認し、更なる改善点を見つけ出します。EMSから得られるデータを活用して、継続的に省エネ活動を推進していきます。
導入コストと活用できる支援制度
EMSの導入には、システムの購入費用、設置工事費用、保守運用費用などが発生します。システムの規模や機能によって費用は大きく異なりますが、中小企業でも導入しやすいように設計されたシステムも増えています。
国や自治体は、中小企業の省エネルギー投資や脱炭素経営を支援するための様々な補助金や融資制度を提供しています。EMSの導入も、これらの支援制度の対象となる場合があります。
- 補助金制度: エネルギー効率改善や再生可能エネルギー導入に関連する補助金の中で、EMS導入費用の一部が補助される制度があります。
- 税制優遇: 特定の省エネ設備投資に対して、税制上の優遇措置が適用される場合があります。
これらの制度の詳細は、各年度によって変更されるため、中小企業庁や経済産業省のウェブサイト、自治体の環境関連部署の情報を確認することが重要です。専門のコンサルタントや導入業者に相談することも、適切な支援制度を見つける上で有効な手段です。
EMS導入事例(業種別)
オフィスビル
オフィスビルでは、空調や照明のエネルギー消費が大部分を占めます。EMSを導入することで、時間帯やエリアごとの在室状況、外気温などに応じて空調や照明を自動調整し、エネルギー消費を最適化できます。データ分析により、休憩時間や夜間の消し忘れなども特定しやすくなります。
製造業
工場では、生産ラインの設備や空調、コンプレッサーなど、多岐にわたる設備でエネルギーが消費されます。EMSを活用して設備ごとのエネルギー使用量を詳細に「見える化」し、生産計画とエネルギー使用量の関連性を分析することで、生産効率を維持・向上させながらエネルギー消費を削減する改善策を見出すことができます。
店舗・商業施設
店舗や商業施設では、営業時間や顧客の入り込み状況に応じた空調・照明制御が重要です。EMSを導入することで、これらの要素に基づいたきめ細やかな制御が可能になり、快適な空間を維持しつつエネルギーコストを削減できます。複数店舗を展開している場合は、各店舗のデータを一元管理し、比較分析することでより効果的な運用につなげられます。
まとめ:ITを活用した脱炭素経営の推進
エネルギーマネジメントシステム(EMS)は、中小企業がこれまでの省エネ対策から一歩進み、ITを活用してより体系的かつ効果的な脱炭素経営を推進するための強力なツールです。エネルギー使用状況の「見える化」から始まり、データ分析に基づいた対策の実行、そして継続的な改善活動までをサポートします。
導入にあたっては、自社の目的を明確にし、適切なシステムを選定することが重要です。国や自治体の支援制度も活用しながら、無理のない形でEMS導入を進めることを検討してみてはいかがでしょうか。EMSによって得られる正確なエネルギーデータは、脱炭素経営の取り組みを社内外に示す上でも重要な基盤となります。ITスキルを活かせる領域として、経営企画担当者の方々にとっても、EMSは注目すべきテーマと言えるでしょう。